サイゴン路地裏物語

ベトナム・ホーチミン市の路地裏に住む日本人が見た素顔のベトナム人。


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サイゴン路地裏物語



ベトナム人社員の心を掌握する武器

「今度着任した日本人の社長さん、ベトナム語が話せるんですよ」
嬉しそうな顔でこう話してくれたのは、ホーチミンシティの日本企業で勤務するダオさんだ。英語が上手で、これまで日本人社長とは、英語で意思疎通をしてきた。

「どれくらいできるの?」
「ええっと『こんにちは』とか『ありがとう』とか……」
もう少し上手なのかと予測していた私は拍子抜けした。

ダオさんは慌てて言葉を継いだ。
「今はまだまだだけど、週に1回1時間、家庭教師を雇って勉強しているって言っていたわ」
「でもそのレベルだったら、共通の言葉はこれまで通り英語でしょう?」
「それはそうだけど、外国人の上司が少しでもベトナム語を知っていると嬉しいものなのよ」

ベトナム人は「自分の国は経済小国だから、ベトナム語を学ぼうとする外国人なんていない」と考えている人が多いようだ。それだけに外国人がベトナム語を話すと、こちらがびっくりするくらい喜んでくれる。

ところが日本人駐在員で、ベトナム語を勉強しようとする人は少数派だ。赴任当初は頑張っていた人も、数か月以内に挫折してしまう。言葉に関しては韓国人のほうが評判がよく、ベトナムの人達から「韓国人は日本人よりもベトナム語が上手だ」という話を何回聞かされたか分からない。

先日、ベトナムで現地法人を設立したばかりの日本人社長・Kさんと、会食したときのこと。会社設立のサポートお願いした日系のビジネスコンサルタントさんから、彼はこう助言された。
「ベトナム語を覚える必要はありません。言葉に関しては通訳を雇えば済む話で、社長さんは経営に専念すべきです」

Kさんから意見を求められた私は、言下に異を唱えた。
「コンサルさんのおっしゃることも一理ありますが、ベトナム語は習ったほうがいいですよ。いや、習うべきです」

「え? 英語もできない私が、今からベトナム語を勉強して、使えるようになりますかねえ。もう若くはないし」
「失礼ながら、商談ができるレベルに到達する可能性はゼロに近いと思います」

「だったらどうして? 飲み屋の女の子と雑談をする程度のベトナム語しか身につかないんだったら、私はやる気はありません」
戸惑いを隠せないKさんに、私はダオさんの話を紹介した。

片言でもいいからベトナム語が話せると、いや、ベトナム語を学ぼうとしているというだけで、日本人社長への評価は上がる。「ベトナム語に興味を持っている」という姿勢を示すことは、社長がベトナム人社員の心を掌握するために欠かせないと思う。

社長に限った話ではない。自分が働き、生活している国の言葉を覚えようとすることは、相手国へのマナーではないだろうか。いまだに初級者レベルのベトナム語しか話せない私が言っても説得力に欠けるのが残念だが……。

その後、Kさんは、忙しいスケジュールの合間をぬって、ベトナム語の学習を始めたそうだ。

【写真キャプション】
ホーチミン市内の書店に並ぶベトナム語学習本

(初出:時事速報ベトナム版2020年1月16日/改稿:2020年11月30日)

サイゴン路地裏物語



人称代名詞は親近感のバロメーター

ベトナム語を習得するのには幾つかの関門がある。人称代名詞はその一つだろう。

「私」や「あなた」が、相手との関係によって変わるのである。「私」の人称代名詞は、年下の人に話し掛ける場合はanh(アイン)だが、相手が年上だとem(エム)になる。同様に「あなた」も千変万化する。相手が年上の男性ならanh(アイン)、年上の女性ならchi(チー)、年下なら性別を問わずem(エム)だ。

これ以外にchau(チャウ)、co(コー)、chu(チュー)、bac(バック)、ong(オン)、ba(バー)などが使われる。親族間の「おじ」「おば」などに相当する呼称を加えると、人称代名詞は10種類を軽く超えてしまう。ベトナム人ですら使い分けに悩むことがあるほどだ。

慣れるに従い、便利な面も見えてきた。人称代名詞は、基本的に自分と相手の年齢によって使い分ける。しかし、実際の使い方を見ると、それ以外の要素も関係しているようだ。相手をどう考えているかによって、使い方が変わるのである。

私の娘は15歳だが、お店に行くと10歳以上年上の店員から、年上の女性に対する2人称代名詞「チー」で呼ばれることが多い。年齢に関係なく、利用客への敬意から「チー」を使っているのだろう。私も取材先の女性社長には、彼女が年下でも「チー」を使う。

ただ女性が年齢に敏感なのはベトナムでも同じで、気を使う。女性社長に「チー」と呼び掛けたら、「そんなに老けて見えるのかしら」と悲しそうな顔をされ、慌てて言い訳したこともある。

取材で訪れた高級ホテルの広報課長は30代の女性だった。彼女は年下だったが、最初は「チー」と呼んでいた。しかし話をするうちに、彼女から「あなたより年下だからエムと呼んでくれるとうれしいわ」と申し出があった。こう言われると、相手との距離が近くなったと感じられる。

カフェでは、自分の娘でもおかしくない年ごろの店員から「アイン」と呼ばれることが多い。年齢差を考えると「チュー」か「バック」(ともに「おじさん」の意味)になるはずだ。

以前、仲良くなった店員に「あなたのお父さんと同じくらいの年なのに、どうして?」と尋ねると、「『おじさん』より『お兄さん』と呼ばれた方が気分がいいでしょ」との答えが返ってきた。

知人のベトナム人男性は、「女性が相手の男性をアインと呼ぶときは『友だちまたは恋愛対象になりうる存在』で、チュー、バックのときは『対象外』というニュアンスを感じる」と言っていた。どこまで一般化できるのかは分からないが、興味深い意見である。

ベトナム語の「こんにちは」が「Xin chao(シンチャオ)」だということは、皆さん、ご存知だろう。ただ、実際には、chao+人称代名詞で話されることが多い。

相手が年上の男性なら「chao anh(チャオアイン)」と呼び掛け、年下の女性なら「chao em(チャオエム)」という具合だ。シンチャオより親近感が増すように私には感じられる。皆さんも、ぜひお試しあれ。

【写真キャプション】
名刺交換をするときに、相手をどの呼称で呼ぶべきかを素早く判断する

(初出:時事速報ベトナム版2019年12月23日/改稿:2020年11月23日)

サイゴン路地裏物語



カフェとコンセント

仕事をしようとカフェに入ったときのことだ。テーブルは確保したのだが、近くのコンセントが全部、使われてしまっている。どうしようかと思案をしていると、隣のテーブルに座っていた大学生らしい女の子が声をかけてきた。

「電源が必要ですか? 私が使っているテーブルタップは、まだ1口空いていますから、そこを使われますか?」

見てみると彼女は、壁にあるコンセントに延長コードをつないでおり、テーブルタップには3つの電源口があった。彼女が使っているのは2つで1つが空いている。

「これはお店の備品ですか?」
「私物です。カフェで勉強することが多いので、これを持ち歩いているんです」
私は喜んで厚意に甘えることにした。

逆に私が助ける側に回ることもある。やはりカフェで作業をしていたときのこと。20代後半とおぼしき女性から声をかけられた。

「お仕事中、すいません。急ぎの用件があってこのカフェに立ち寄ったんですけど、電源アダプタを忘れてしまったんです。しかも今、バッテリーの残量を見たら、あと数%しか残っていません。あなたのパソコンは私と同じタイプなので、電源アダプタも同じだと思います。メールを送る少しの間だけ、貸して頂けないでしょうか」

私のパソコンのバッテリー残量は100%だ。
「私は電源なしでも4〜5時間は作業ができます。ゆっくり使って頂いていいですよ」
そういって私は電源アダプタを差し出した。

ベトナムのカフェでは、パソコンやタブレットを持ち込んで、仕事や勉強をしている人が多い。だからコンセントに近い席は人気がある。先日、私がカフェで本を読んでいたとき、2人の若者から話しかけられた。

「僕たちは、パソコンで作業をしたいんですが、隣の席にはコンセントがないんです。もし差し支えなかったら、席を移って頂けませんか?」
見たところ2人とも大学生くらいの年齢で、パソコンと書類の束を持っている。

私はパソコンを使って作業をする予定はなかったから、コンセントは必要ない。
「もちろん、いいですよ」
私は2つ返事で席を譲った。

私は事務所を構えておらず、終日、カフェを転々としながら仕事をすることが多い。カフェで目を引くのは、お客さんの間の心理的な壁が低いことだ。ここで紹介したように電源や席を融通し合うことは、珍しくない。

また何か困ったことがあっても、店員さんを呼ぶよりも、お客さん同士が協力して解決してしまう場面が多いように思う。例えばWi-Fiのパスワードを知りたいとき、店員さんが近くにいないと、私は気軽に隣の人に尋ねる。逆に尋ねられることも少なくない。

一方、日本のカフェで対照的な情景を目にした。

入店してきたスーツ姿の男性客が店員さんを呼んで「コンセントが近い席に座りたいんですが」と頼んでいる。店員さんは店内を見渡すと、新聞を読んでいた中年男性のところに足を運び、何度も頭を下げながら何か話し始めた。おそらく席を移って欲しいと頼んでいるだろう。

どうやら交渉は成立したようで、中年男性は店員が用意した別の席に移り、スーツ姿の男性がそこに座った。第三者であるお店のスタッフが間に入ることで、不用意な衝突を避けようという、日本流の物事の進め方なのだろう。

ベトナム流と日本流、どちらを良しとするかは、人それぞれだ。読者の皆さんは、どちらを選ばれるだろうか。

【写真キャプション】
このように混雑したカフェでは客同士の助け合いの精神が大切だ

(初出:時事速報ベトナム版2019年11月05日/改稿:2020年11月16日)

サイゴン路地裏物語



1000ドン未満のお金は誤差?

ベトナムでは少額のお金が切り上げもしくは切り捨てされてしまうのは、よく知られている。

スーパーで買い物をすると、肉や野菜は1キロいくらで売られているから、金額が9万7237ドンのような半端な金額になることがある。ところが現在、実質的に流通しているのは1000ドン以上の紙幣ばかりで、ちょうどの金額を払うことは不可能だ。1000ドン未満は切り上げされて9万8000ドンになることが多い。

この端数の切り上げ・切り捨ては、几帳面な一部の日本人には不評で、「そういういい加減なことをしているから、ベトナムはいつまでも後進国なんだ」という声を聞くこともある。

ところがカナダに住んでいた経験を持つ日本人男性・Oさんの反応は違った。
「少額の支払いを切り上げまたは切り捨てにするのはカナダも同じですよ」

カナダでは2013年2月に1セント硬貨が廃止されたそうだ。理由は「1セント玉を製造するのに1.6セントかかる」から。1セント硬貨をなくすと1年間で日本円にして約9億円あまりのコストが削減できるという試算を元に、廃止に踏み切ったという。

そして「2捨3入、7捨8入」のルールが導入された。つまり1、2、6、7セントは切り下げ、3、4、8、9セントは切り上げとなり、5セントまたは10セントのいずれかにまとめる。例えば1カナダドル12セントのものを買うと、お店は1カナダドル10セントしか受け取らない。逆に品物が1カナダドル18セントだと1カナダドル20セント払うように求められる。

その話を聞いて私も調べてみると、小額硬貨が廃止されているのはカナダだけではない。スウェーデンでは1972年に1オーレ硬貨が廃止されて以来、5オーレ、10オーレ、50オーレの硬貨が順次廃止され、2010年以降の最小単位は1クローナになっている。

これ以外にもアイルランド、オーストラリア、オランダ、スイス、チェコ、デンマーク、ニュージーランド、ノルウェー、ハンガリー、フィンランド、ベルギーなどの国々でも、小額硬貨の製造や流通を中止していた。小額硬貨を廃止した国の中に先進国が含まれているのをみると、端数の扱いと経済の発展の間に直接的な因果関係はなさそうだ。

それどころか、この問題を知れば知るほど、私は「1円の単位までこだわることに経済的合理性はあるのだろうか?」という疑問のほうが大きくなってしまった。ちなみに日本の1円硬貨の製造コストは約3円。1円硬貨の廃止を提案している専門家もいるそうだ。

Oさんの話を聞いて私が何より反省したのは、日本とベトナムで方法などが違う場合、無条件に「日本の方が正しい」と決めつけがちな自分自身の姿勢だ。ベトナムで「これは日本と違うな」「変だな」と感じるものを見つけた場合、「どうしてそうなっているのだろう」「これは本当にベトナムが変なのだろうか」と考えることを忘れないようにしたいものである。

【写真キャプション】
ホーチミンではゴールドショップで両替するのが得だ。写真はホーチミンシティで有名なお店。ここでも端数は切り上げまたは切り捨てになる。

(初出:時事速報ベトナム版2019年10月18日/改稿:2020年11月09日)

サイゴン路地裏物語



規則より人間関係重視


「こちらの勝手を言って申し訳ないのですが、月末に予定されている支払いを前倒しでお願いできないでしょうか」

取引先の日本人担当者から、こんな電話が入った。キャッシュフローに余裕がない零細企業同士、困ったときはお互いさまである。私はすぐに自社の法人口座に十分な残額があるのを確認して、ベトナム外商銀行(ベトコムバンク)に赴いた。

ところがである。書類に必要事項を記入して行員さんに渡すと、「送金手続きには、会社印とパスポートに加え、あなたの会社の事業許可証が必要です」と言われてしまったのだ。

「ごめんなさい。今日は持参していないのですが」
「では記入していただいた書類はいったんこちらでお預かりし、事業許可証を持ってきてくださったときに送金手続きをしますね」

時刻は既に午後4時近く。事務所まで取りに戻っていると、営業終了時刻の4時半を過ぎてしまう。

「実は、取引先はすぐにお金が必要で、今日中に振り込んでほしいと頼まれているのですが、何とかなりませんか」
「これは規則ですから……」

このとき対応してくれたのが、顔なじみの行員さんだったことも幸いしたのだろう。重ねて依頼をすると、奥の席に座っている上司にかけあってくれた。私のいるカウンターからでも、渋い顔をしている上司に対し、彼女が熱弁を振るっている様子が見て取れる。

ちょっと時間はかかったが、結果的には「御社は当行との取引が長いお客さまですから、今回は例外として認めましょう」ということになったのだ。「ただし明日には、必ず事業許可証を持ってきてくださいね」と念押しをされたのは言うまでもない。

私がベトナムで生活するようになって、規則よりも人間関係が優先されることが多いのに驚いた。日本でも顔なじみであれば、規則を曲げて融通を利かせてくれることはあるが、ベトナムの方がその可能性は高いと思う。断られるのを覚悟の上での依頼を聞き入れてもらい、助かった経験は数え上げるとキリがない。

ただし、これを手放しでは歓迎することはできない。規則によって確保された公平性や平等性よりも、人間関係が優先されることによる弊害は、ベトナム社会のいろんな場面で見ることができるからだ。

入札で発注先を決める際に、見積もりそのものは高かったにも関わらず、発注者の身内の会社が受注してしまう。権力者の親戚の会社には、事業許可が簡単に下りてしまうなど。こういううわさ話は、ちょくちょく耳にする。

そういう弊害はあるにせよ、私はベトナムが規則一点張りの国にならないことを願っている。時には規則よりも人間関係を優先させた方が、おそらく社会はスムーズに動くのだから。

【写真キャプション】
ベトナム大手銀行の一つであるベトコムバンク・ホーチミン支店の入るビル。

(初出:時事速報ベトナム版2019年09月26日/改稿:2020年11月02日)
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