サイゴン路地裏物語
カフェとコンセント

カフェとコンセント
仕事をしようとカフェに入ったときのことだ。テーブルは確保したのだが、近くのコンセントが全部、使われてしまっている。どうしようかと思案をしていると、隣のテーブルに座っていた大学生らしい女の子が声をかけてきた。
「電源が必要ですか? 私が使っているテーブルタップは、まだ1口空いていますから、そこを使われますか?」
見てみると彼女は、壁にあるコンセントに延長コードをつないでおり、テーブルタップには3つの電源口があった。彼女が使っているのは2つで1つが空いている。
「これはお店の備品ですか?」
「私物です。カフェで勉強することが多いので、これを持ち歩いているんです」
私は喜んで厚意に甘えることにした。
逆に私が助ける側に回ることもある。やはりカフェで作業をしていたときのこと。20代後半とおぼしき女性から声をかけられた。
「お仕事中、すいません。急ぎの用件があってこのカフェに立ち寄ったんですけど、電源アダプタを忘れてしまったんです。しかも今、バッテリーの残量を見たら、あと数%しか残っていません。あなたのパソコンは私と同じタイプなので、電源アダプタも同じだと思います。メールを送る少しの間だけ、貸して頂けないでしょうか」
私のパソコンのバッテリー残量は100%だ。
「私は電源なしでも4〜5時間は作業ができます。ゆっくり使って頂いていいですよ」
そういって私は電源アダプタを差し出した。
ベトナムのカフェでは、パソコンやタブレットを持ち込んで、仕事や勉強をしている人が多い。だからコンセントに近い席は人気がある。先日、私がカフェで本を読んでいたとき、2人の若者から話しかけられた。
「僕たちは、パソコンで作業をしたいんですが、隣の席にはコンセントがないんです。もし差し支えなかったら、席を移って頂けませんか?」
見たところ2人とも大学生くらいの年齢で、パソコンと書類の束を持っている。
私はパソコンを使って作業をする予定はなかったから、コンセントは必要ない。
「もちろん、いいですよ」
私は2つ返事で席を譲った。
私は事務所を構えておらず、終日、カフェを転々としながら仕事をすることが多い。カフェで目を引くのは、お客さんの間の心理的な壁が低いことだ。ここで紹介したように電源や席を融通し合うことは、珍しくない。
また何か困ったことがあっても、店員さんを呼ぶよりも、お客さん同士が協力して解決してしまう場面が多いように思う。例えばWi-Fiのパスワードを知りたいとき、店員さんが近くにいないと、私は気軽に隣の人に尋ねる。逆に尋ねられることも少なくない。
一方、日本のカフェで対照的な情景を目にした。
入店してきたスーツ姿の男性客が店員さんを呼んで「コンセントが近い席に座りたいんですが」と頼んでいる。店員さんは店内を見渡すと、新聞を読んでいた中年男性のところに足を運び、何度も頭を下げながら何か話し始めた。おそらく席を移って欲しいと頼んでいるだろう。
どうやら交渉は成立したようで、中年男性は店員が用意した別の席に移り、スーツ姿の男性がそこに座った。第三者であるお店のスタッフが間に入ることで、不用意な衝突を避けようという、日本流の物事の進め方なのだろう。
ベトナム流と日本流、どちらを良しとするかは、人それぞれだ。読者の皆さんは、どちらを選ばれるだろうか。
【写真キャプション】
このように混雑したカフェでは客同士の助け合いの精神が大切だ
(初出:時事速報ベトナム版2019年11月05日/改稿:2020年11月16日)
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