サイゴン路地裏物語

ベトナム・ホーチミン市の路地裏に住む日本人が見た素顔のベトナム人。


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サイゴン路地裏物語



バイクはお腹が空いた
 
ベトナム語をベトナム語に「翻訳」してもらうことがある。

先日、バイクの洗車に行ったときもそうだった。近所のお店はオイルを交換すると無料で洗車してくれるので、2つをセットで頼む人が多い。しかし私のバイクはオイルを交換したばかりだった。

「オイル交換もするよね?」
お店の男性店員が、当然のような顔で聞いてきたので、私はこう伝えた。
「今日は洗車だけでお願いします」
「え?」

私の発音が悪いのか、彼には理解できなかったらしい。
「今日は洗車だけで、オイル交換は要らないから」
もう一度言ったのだが、再び聞き直されてしまった。

するとやり取りを聞いていた隣のクリーニング店の女性店員が、洗車店の男性をたしなめるような口調で、
「このおじさんは『洗車だけ、オイル交換はしない』って言っているのよ。あなた分かった?」
私のベトナム語をベトナム語に「翻訳」して伝えてくれた。

ベトナム語は発音が難しい。声調が6つあり、同じつづりでも声調が異なると、まったく違う意味になってしまう。外国人がベトナム語の習得を諦める理由の9割は「発音」だそうだ。私自身「クチのトンネルに行きました」と説明したときに、何度言っても「クチ」が通じなかったという苦い経験がある。

一方で「私のベトナム語の声調は無茶苦茶なのに、よく理解してくれたな」と感じることも少なくない。頭の中で声調を修正したり、前後の文脈から推測したりして、理解してくれているのだろう。特に外国人に慣れているベトナムの人たちは、声調の誤りに対する許容範囲が広いのではないか。

発音に限ったことではない。文法、単語が正しい表現でなくても、何とか理解しようと頑張ってくれる場合もある。

私自身が2度目にベトナムを訪問したときだったと思うが、バイクに乗っていてガソリンが切れそうになったことがあった。近くの給油所を知りたいが、ベトナム語で「給油所」をどう言うのかが分からない。

道端にいたバイクタクシーの運転手を捕まえ「Xe doi bung!」と訴えた。Xeは「車両」で、doi bungは「空腹」。「バイクは、お腹が空いた」と説明したのだ。運転手は一瞬、けげんそうな顔を浮かべたが、私が繰り返すと破顔一笑。「ウン、ウン」とうなずきながら、最寄りの給油所を教えてくれた。

こんな風に私が珍妙なベトナム語で話し掛けても、嘲笑せず、暖かく受け止めてくれるベトナムの人には、感謝しても感謝しきれない。

自分自身に立ち返ると、日本語のできるベトナム人と話しているとき、相手の日本語の間違いについ苛立ちを感じることがある。雰囲気は伝わるので、相手方は心理的に萎縮し、口が重たくなってしまうに違いない。

「通訳」してくれたクリーニング店の女性に、「ありがとう。私は18年もベトナムに住んでいるのに、ベトナム語が下手で……」とお礼を言った。「あら、そんなことないですよ。彼は察しが悪くて困っちゃいますよね」と、ほほ笑みながら励ましてくれた。

【写真キャプション】
手際よく15分ほどで洗車をしてくれ代金は3万ドンだった。

(初出:時事速報ベトナム版2020年6月23日/改稿:2020年12月28日)

サイゴン路地裏物語



優しさの先進国

すっかり涙腺が緩くなってしまった。新型コロナウイルスの感染拡大を防止するために、ベトナムで「社会的な距離」が実施されて以降、目頭が熱くなるような美談をたくさん見聞きしてきたからだう。そんな出来事を、ごく一部だが紹介したい。

営業が禁止された後、いくつかのレストランは貧しい人たちに弁当を作り、店先で配り始めた。夜の街をバイクで回り、路上で暮らす人々に弁当を手渡した店もあったという。飲食店だけではない、なけなしの小遣いでバゲットなどを買い、貧しい家庭に配った若者グループもいる。

ベトナム人社員らが給料の半額を使ってインスタントラーメンなどの食料品を買い、新型コロナの流行で職を失った人に届けた会社もあったそうだ。飲食店を営む日本人の社長に、ベトナム人の社員が「営業できなくて大変でしょうから、給料を返上します」と申し出たという話も聞いた。

ベトナムに住む日本人の知り合いとインターネットで情報交換していると、こういった話が次々出てくる。「ベトナム人を見直した」「これまで以上にベトナムが好きになった」との声も聞く。

「社会的な弱者が、自分以上に困っている人に手を差し伸べる」というのが、ベトナムの良いところの1つだと以前から感じる機会はあった。ホーチミン市を訪れた人は、道端に冷たいお茶の入った容器が置かれているのを見掛けるだろう。カフェなどで乾きを癒やすことができない貧しい人のために、近くに住む人が用意したもので、誰でも無料でのどを潤すことができる。「庶民がより貧しい庶民を助ける」。こういう事例を目にするのは、珍しいことではない。

今回のような状況になると、ベトナム人でも他人のことを思う余裕がなくなって当然だろう。新型コロナ騒動の初めの頃、そんなふうに危惧したが、良い意味で裏切られた。

ベトナムに長く住む友人は、「自分が苦しいときにこそ『自分よりもっと困っている人がいる』と考え、手を差し伸べるのがベトナム人だ」と話していた。今回の非常時にあって、そういう場面をたびたび目にした。ベトナムの政府機関や民間企業が日本に医療用マスクを寄贈しているのも、その一つだろう。ある日本人の在住者がベトナムを「優しさの先進国」と形容していたが、私も同じように感じる。

うれしかったのは、「これを機にベトナムに恩返ししよう」というベトナム在住の日本人が出てきたことだ。ホーチミン市の日本人グループは、恵まれない人に食料品を配る活動を展開している。菓子を製造する会社を営む日本人の社長は、4000個近い自社の商品を寄贈したそうだ。

もちろんいい話ばかりではない。利己的な行動に走ったベトナム人もおり、最近では犯罪も増えているそうだ。新型コロナで景気が悪くなったことが影響しているのだろう。

これを書いている2020年5月現在、幸いなことに、ベトナムでは新型コロナの流行がほぼ静まり、人々の生活は急速に平常に戻りつつある。今後のことは分からないが、危機を乗り越えたことで、ベトナムは大きな自信を得たに違いない。感染拡大を再発させないことが理想だが、第2、第3波がきたとしても、ベトナムは優しい心でうまく乗り切るような気がしている。

【写真キャプション】
道路脇に置かれたバゲットと冷たいお茶の入った容器。もちろんどちらも無料だ。なくなると近所の人が補充している。

(初出:時事速報ベトナム版2020年5月29日/改稿:2020年12月21日)

サイゴン路地裏物語



新型コロナは誠意のリトマス試験紙

今回の新型コロナウイルス騒動は、ベトナムに住む外国人にとって「これまでベトナムと誠実に付き合ってきたか」が問われる試金石のような気がする。

騒動が始まって以来、「定宿にしていたホテルで宿泊を拒否された」「レストランで入店を断られた」という体験談を見聞きする。ある日本人駐在員は「ベトナムに暮らしていて、日本人であることに肩身の狭い思いをする日が来るとは、想像もしなかった」と落胆を隠さない。ベトナムでは今まで日本人だと名乗るだけで、一段上の丁寧な対応をしてもらえることが多かっただけに落差が大きいのだろう。

その気持ちは私にも分かるが、「ベトナム人の日本人差別」に憤っている人を見ると、素直に共感できないことが多い。そうした中には、ベトナムの人に普段から横柄な態度を取っていたり、そこまでいかなくてもベトナムとの付き合いが浅かったりする人がかなりの割合で見受けられたからだ。

私はここ数週間、ベトナムで日本人の知人に会うたびに「日本人や外国人という理由で、不当に扱われたことはありますか」と尋ねている。少なくとも私が聞いた周囲では「不愉快な対応をされたことは一度もない」という人が多数だった。

これらの知人に共通するのは、ベトナムに感謝の気持ちを抱いて生活していることだ。「非常時でも親切でいてくれるベトナムの人たちの優しさが身に染みた」と、正反対の体験を話してくれる人も少なくない。入店拒否の経験を持つ人でも「スタッフの対応はとても丁寧で、決して悪い印象は持たなかった」と振り返る。

同じ日本人なのに、どうしてこうもベトナム人の対応が違うのか。これを説明するキーワードは「家族」ではないか。本当の血縁関係ではなく、極めて「心情的な概念」としての家族だ。「家族かどうか」は、ベトナムでは日本よりはるかに大きな意味を持つ。普段目立たない「家族の内か外か」の違いが、新型コロナウイルス騒動という非常事に見えやすい形で現れたのではないだろうか。

ベトナム人から「家族の一員」と見てもらうのに、長くベトナムに住んでいることやベトナム人の配偶者がいること、ベトナム語が話せることは必須ではない。私が知っているだけでも、数年の駐在生活でベトナム語もほとんど話せないのに、ベトナム人から家族扱いされている人が何人もいる。大切なのは「誠実さ」だと思う。

この機会に「自分がベトナムと誠実に付き合ってきたかどうか」を自問自答したいと考えている。それは今回の危機を乗り越える上で必要であると同時に、騒動後のベトナムでの働き方・生き方を見直すのにも大切なことだろうから。

【写真キャプション】
2020年3月22日朝のホーチミン市・タンソンニャット国際空港の到着ロビー。この日から、新型コロナウイルスへの感染拡大防止のため、国際線の運航が停止された。普段はごったがえしている空港がご覧のようにガラガラだ。

(初出:時事速報ベトナム版2020年4月6日/改稿:2020年12月14日)

サイゴン路地裏物語



日本という看板を背負っている

先日、ビジネス関連の懇親会に参加した。会場のビルでエレベータに乗りこんだところで、少し先から急ぎ足でやってくる男性の姿が目に止まった。服装がカジュアルなホーチミン市ではちょっと珍しいスーツ姿だ。私は「開」ボタンを押して彼を待ち、入ってきたところで「こんにちは。何階ですか?」と声を掛けた。日本人かベトナム人か判断が付かなかったのでベトナム語である。

男性は目線を合わせないまま、あごを突き出すようにし、英語で「4階」と返してきた。私と同じ行き先だ。後ろに立っていた彼は4階に着きドアが開くや否や、私を押しのけるように先にエレベータから降り、懇親会場に入っていった。

そのときは気にならなかったのだが、考えてみるとちょっと横柄ではないかと思えてきた。行き先を伝えるときには「4階」と言うのと同時に「お願いします」と添えるのが礼儀だろう。さらに私が「4」のボタンを押したところで、「ありがとう」の一言も欲しいところだ。エレベーターを降りるのも入り口近くに立つ私が先で、奥の彼が後というのが順当だろう。

英語が苦手だったのかもしれないし、会社での心配事で頭がいっぱいだった可能性もある。懇親会の開始までにはまだ余裕があったが、「早く会場に入りたい」と急いでいたとも考えられる。しかし「私をベトナム人だと思ったからかな」と勘繰ってしまった。非常に礼儀正しい人が、ベトナム人には態度を豹変させ、横柄に振る舞う姿をたびたびも目にしてきたからだ。

私を含め大部分の日本人は、ベトナム人に対して優越感を感じているかもしれない。日本人は礼儀正しいから、それを表に出さない。しかし、ベトナム人たちは一緒に働く外国人をよく観察している。口先だけでベトナムのことを褒めても、すぐに見抜かれてしまう。

「私の会社の社長は『ベトナム料理はおいしい』と言うが、彼がベトナム料理を食べているのを見たことがない。『社交辞令』と受け取っている」「社内ではいつも『ベトナム大好き』と言う日本人が、日系の飲み屋でベトナムの悪口で盛り上がっているのを見て悲しかった」といった話を友人のベトナム人から聞くこともある。

経済発展の度合い、社会の成熟度などいろんな面での違いから、日本人の中に優越感を感じる人がいるのは確かだろう。だからと言ってベトナムそのものを見下していいわけではない。ベトナムで暮らす外国人としては、感謝の気持ちでベトナムの人々に接するべきではないだろうか。

ベトナムで働いている私達は「日本という看板を背負っている」ことを意識したいと思う。見知らぬ人に手を貸す日本人を見たベトナム人は、「日本の人は親切だ」と感じるだろう。一方で、ベトナム人に失礼な態度を取る日本人がいたら「日本の人は横柄だ」と思ってしまう。常に日本人として恥ずかしくない行動を心掛けたいと改めて感じた。

【写真キャプション】
財団法人・大阪産業局とベトナム商工会議所(VCCI)がホーチミン市で共催した日越企業の懇親会。

(初出:時事速報ベトナム版2020年2月18日/改稿:2020年12月07日)
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