サイゴン路地裏物語

ベトナム・ホーチミン市の路地裏に住む日本人が見た素顔のベトナム人。


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サイゴン路地裏物語



家族一緒が一番幸せ

「1日24時間、家族一緒に過ごせる。これ以上の幸せはないのではないかい」。

満面の笑みを浮かべながらこう言い切るのは、ある日系企業で働くミンさん。彼の妻ガーさんも同じ会社で働いており、社員の注文に応じてインスタントラーメンやコーヒーなどを出す役回りだ。原価に若干の手間賃を上乗せして販売している。夫妻には娘が2人いて、彼女たちも相次いで同じ会社に就職した。朝は4人でそろって出社し、夕方になるとみなで退社する。

朝から晩まで家族4人でずっと行動を共にしている。妻からすれば、夫の浮気を監視できていいかもしれないが、ミンさんはちょっと息が詰まるのではないだろうか。2人きりになったときに、彼の心境を尋ねたところ、返ってきたのが冒頭の言葉だった。

「家族愛が強い」。これは、ベトナム人の気質の特徴とした必ず挙げられることと言っていい。そんな「家族第一主義」の人たちにとって、旧暦の正月を祝って家族が一堂に会するテトは大切な時間だ。

ホーチミン市にはメコンデルタから働きにきている人が多く、テトには大挙して里帰りする。ベトナムで会社を経営している人が困るのは、そのまま故郷に居残ってしまう社員がいることだ。最近は職場に戻る割合が高くなったようだが、以前は「60%しか戻ってこない」という話をよく耳にした。社員が戻らない大きな理由の1つは「家族」だろう。

「息子はホーチミン市の一流企業に職を得て、毎月多額の仕送りをしてくれる。でも本音を言うと、無職でもいいから親の身近に居てくれる方がうれしい」。メコンデルタの村に住む年配のベトナム人女性はこう話していた。里帰りした時にこう引き止められたら、子供も心が動くだろう。

娘のために実家の近くで職を探してきて、「ホーチミン市に戻らなくても、こっちにも仕事はあるぞ」と訴える父親や、週末に実家とビデオ電話をするたびに「子供と一緒に暮らせない人生なんて意味がない」と泣いて目を真っ赤にした母親の話を聞くのも1度や2度ではない。

「家族一緒」が重視されるのは、都市部でも同じだ。ホーチミン市に住む知人の家には、一流企業に勤める姉と就職しても長続きせずブラブラしている弟という対照的な2人の子供がいる。母親が溺愛するのは、圧倒的に弟だ。理由は「いつも家に居てくれるから」。姉は「一家の家計を支えているのは私なのに、母親が冷たいのは理不尽だ」と、ぼやいている。

もちろんすべてのベトナム人がこうではないだろう。知り合いのベトナム人夫妻は「親のことは愛しているけれど、相手の親はもちろん、自分の親とでも同居はしたくない」と断言していた。「子供には子供の生活がある」と割り切る親も増えているようだ。それでもなお「家族一緒が一番幸せ」というのが、ベトナムではまだ多数派ではないだろうか。テトを迎えるたびに、「家族を大切にするのはベトナムの良いところだ」という気持ちになる。

2020年、2021年は新型コロナウイルスの流行により、日本でもベトナムでも正月休みの家族の再会が思うようにいかなかった話を聞くことが多かった。こんなご時勢だが、今こそ、家族のありがたさを見直す良い機会なのかもしれない。

【写真キャプション】
テトを祝う横断幕が掲げられたホーチミン市の小さな路地。

(初出:時事速報ベトナム版2021年02月26日/改稿:2021年12月27日)

サイゴン路地裏物語



ベトナムと階級社会

「ベトナムは階級社会なんだよ。いや『だった』という方が正確かな」
アメリカに住むベトナム人男性と話をしていたとき、こんな言葉が飛び出してきて驚かされた。

「class societyですか?」と、彼が発した英語をオウム返しにして確認したところ、「その通り」と自信満々の答えが返ってきた。

「インドにおけるカーストのようなものですか?」と改めて確認すると、「ベトナムには、インドほど厳密ではないが、上流・中流・下流という3つの階層がある。人の能力には生まれ持っての差があるのだから、社会の中では、それぞれ身分相応な立ち位置で生きるべきなんだよ」と説明してくれた。

「例えばあなたの奥さんの家庭は中流以上だろう。だから奥さんに家事をやらせてはいけない。下流の人間がやるべきなんだ。知的能力が高い中流以上の人間は、もっと高度な仕事をした方が社会への貢献度は高くなる」と話した後、「しかし」と、言葉を継いだ。

「1975年以降、この階級社会が崩れてしまい、下流の人間が社会の中で上に立つ例が出てきてしまったのは、非常に嘆かわしい」とぼやいた。

彼自身はまだ40代で、階級社会だった時代を知らない。生まれ育ったのはロサンゼルス近郊で、ベトナム人が多く住む通称リトルサイゴン。自宅は広い一戸建てで庭にはプールもあるという。ベトナム戦争後、北ベトナム(ベトナム民主共和国)による共産体制を嫌い、難民としてアメリカに移住した両親から、かつての南ベトナム(ベトナム共和国)の話を聞いて育ったそうだ。

「仕事はリモートで可能だし、家の中には監視カメラがあり、ベトナムにいる間もスマホで家の様子を確認できる。だから長期間、ベトナムに滞在していても安心なんだ」。
そう言って、画面に映るアメリカの家を見せてくれた。モノクロではあったが、部屋数の多さとそれぞれの部屋の広さを見ると、経済的にかなり成功していることがうかがえた。

彼と話をしながら、75年以前に大地主だったベトナム人の話を思い出していた。彼女の夫はダラット近郊に大規模な農園を営んでいて、「土地が広く、門から玄関まで距離があったので、車で移動するほどだった」という。

多くの使用人がいて「一切家事をしたことがなかった」というのが自慢だった。没落し、自分で食器を洗わなければならなくなったときには、「理不尽さに涙が出た」そうで、「チョイオーイ」と繰り返し、嘆いていた。ベトナム語の「チョイオーイ」は使う場面で、さまざまにニュアンスが異なるが、この時は「おお、神よ」みたいな意味合いだった。

アメリカの男性は福山雅治に面影が似た美男子。話し方は知的で、横柄な感じはまったくなかったが、話が進むにつれ、私の中で反発する気持ちが大きくなった。

私自身が大富豪の所有する農園で日々汗を流し、肉体労働する立場だったら、食器一つ洗ったことがない人の生活を見て理不尽に感じ、「変えたい」と思うに違いない。「あなたは下流の人間だから、一生、汚れ仕事だけをしていればいい」と決めつけられたら、なおさらだろう。

ベトナム戦争当時、南ベトナム側に、北ベトナムに呼応して南北統一のために戦った勢力があることはよく知られている。南ベトナム解放民族戦線、通称・ベトコンだ。これに参加した人たちがどんな思いを抱いていたのか、それを語るだけの情報は持ち合わせていない。しかし「階級社会」への反発を感じていた人もいたのではないか。彼の話を聞きながら、そんなことを思った。

【写真キャプション】
2015年、ベトナム戦争終結40周年を迎えたホーチミンシティのイリュミネーション。右側が現在のベトナム国旗で、左は南ベトナム解放民族戦線の旗。

(初出:時事速報ベトナム版2021年04月23日/改稿:2021年12月20日)
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