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サイゴン路地裏物語 2019/12/16 日本ファンのベトナム人を裏切らないために 日本ファンのベトナム人を裏切らないために 外資系のマーケティング会社に勤務するトゥイ・ハンさんは、大の日本びいきだ。 「私がまだ大学生だった15年前に買ったホンダのスーパーカブは今でも現役よ。1ヶ月くらい乗らないと、エンジンのかかりが悪くなるバイクもあるけど、日本製のバイクはまったく問題なく動くの」。 彼女はフエの出身で、大学卒業後、ホーチミンシティに引っ越してきた。ベトナムでは中古バイクでも程度の良いものなら、比較的高価で買い取ってくれる。引っ越し時にバイクを売って、ホーチミンシティに来てから、お金を上乗せして新しいバイクを買うという方法もあっただろうが、 「売ろうなんて考えなかったわ。愛着があるという以上に、全然、故障しないんだもの」 バイクだけではない。 「子供に英会話を学ばせようと、私が昔使っていた英語学習用のCDを物置から出してきたの。それと一緒に、学生の頃に買ったパナソニック製の携帯CDプレーヤーもしまってあったので電源を入れてみたら、10数年ぶりだというのに、今でも何の問題もなく使えるの! さすが日本製品ね」 「日本製品は確かに少し高いかもしれないけど、故障しないし、長年使えることを考えたら、ベトナム製品や中国製品よりも安い」 と彼女の身の回りには、どんどん日本製品が増えていった。彼女に感化されたのか、旦那さんも今や日本製品のファンだそうだ。 トゥイ・ハンさんご夫妻は、日本に行ったことはない。しかし、「こんな素晴らしい製品を作るのだから、日本という国も、そして日本の人達もきっと素晴らしいに違いない」と日本そのものにも好印象を持ってくれている。 こういう話を聞くと、私は「メイドインジャパン信仰」を作り上げた先達たちの努力に感謝の気持ちが湧いてくる。細部にわたるまで手を抜くことなく、丁寧にモノづくりをしてきた賜物だろう。日本製品の優位性をアピールするマーケティング戦略も大事だろうが、愚直な努力の積み重ねのほうが、深い信頼感を得られるような気がする。 最近の日越関係を見ていて、時に残念になるのは、こういう「日本」のブランドイメージを傷つける日本人がいることだ。雑な仕事をしたのは自分なのにうまく行かないとベトナム人に責任転嫁する現地で働く日本人、ベトナム人女性の買春体験をインターネット上で得意気に披露する男性、「上から目線」でベトナム人を見下した発言や行動をする人、こういう日本人が急激に増えているような気がしてならない。 もちろん、そういう日本人の姿をベトナムの人もしっかり見ている。「ベトナムが日本に比べたら、はるかに遅れている国であることは、よく分かっています。でも……」と口ごもる人だけではなく、「日本は素晴らしい国だと思っていましたが、日本人と接する機会が増えるにつれ、日本人に失望するようになりました」とはっきり言う人もいる。 信頼感を築き上げるのには時間がかかるが、それを崩すのは簡単にできてしまう。先人達が何十年もかけて作り上げた良い日本のイメージが、一部の日本人によってガラガラと崩れていくのを目の当たりにするのは、日本人の1人として辛いものがある。 ベトナムに住んでいる日本人の1人として私ができることは、自分自身がベトナムの人と誠実に付き合うことだろう。そういう気持ちを持って行動する人が増えることで、トゥイ・ハンさんのような日本ファンを失わないようにしたいものだと思う。 写真:ホーチミンシティでは、年代物のカブを多数見かける。 (本稿初出:2019年12月16日) コメント(0)
サイゴン路地裏物語 2019/12/09 スーパーはレジャーランド スーパーはレジャーランド 週末には近くのスーパーで1週間分の食材をまとめ買いする。よく行くのがゴーヴァップ区にあるEマートという韓国系の大型スーパーだ。開店したのはちょうど4年前で、以来、非常に賑わっている。ここにやってくるベトナム人客を観察するのはおもしろい。 まず1人で買い物に来る人はめったに見かけない。多いのが家族連れだ。お父さん、お母さん、子供が2人というのが標準的な構成だろう。そしてショッピングカートを2台使う。1台は買ったものを入れるため。もう1台は子供を載せるためである。 この店のカートは大きく、幼稚園児くらいの子供なら2人は乗れてしまう。折りたたみ式の台座がついていて、小さい子供を座らせると後ろ向きに足を出すことができる。つまりカートを押す親と座っている子供は、向き合って会話をしながら買い物ができるわけだ。持参した毛布と枕をカートの底に敷いて赤ちゃんを寝かしつけてから、店内に入っていく若い夫婦を見かけたこともある。 家族連れで来店する人が多いのは、ベトナムでも核家族化が進み、自宅に小さな子供たちだけを残しておけないという理由もあるのではないかと、私は推測している。しかしそれ以上に、ショッピングは娯楽なのだ。 それを感じるのは店内で記念撮影をしている人を見かけるときだ。今日、Eマートのスナック売り場で時間をかけて自撮りしている若い女性2人がいた。似たような情景はイオンスーパーでも見かける。大型のスーパーに行くのは、晴れがましいことなのだろう。 子供たちにとってスーパーは遊び場だ。持参したミニカーを床で走らせて遊んでいる男の子、座り込んで腕に抱えた人形に話しかけている女の子などを見かける。おそらく「買い物もできる遊園地」みたいな感覚なのだろう。売り場で遊ぶ子供がいるのはスーパーに限らない。我が家の近所にあるミニストップやファミリーマートでも、床に座り込んで遊んでいる子供たちの姿を見かけることは多い。 1つ1つの商品を選ぶのにかける時間は、日本より確実に長いだろう。ベトナムは品質管理が日本に比べて甘く、食材は注意深く選ぶ必要があるからだ。買い物客同士の情報交換もある。先日、私が鶏肉のコーナーで、2つの会社のもも肉を見比べていると、隣に来た中年の女性が「左側の会社がお勧めよ。値段は同じだけど、右側のものより美味しかったわ」と教えてくれた。 今日は精肉売り場で、話し合いをしながら品定めをしている若い夫婦がいた。棚に並んでいる100グラム1万7100ドン(約80円)の豚肉のパックを、1つ1つ手にとって仔細に検討している。重さはどれも200グラム前後で揃っていて加工した日付はすべて同だ。それでも「こっちのパックほうがいいよ」「いや、それよりはこっちが」と真剣そのものである。野菜売り場でも同様だ。山のように積まれたニンジンの中から10本ほどを選び出して買い物かごに入れ、そこから更に比較検討をして、最終的に1本だけ買っていった中年女性がいた。 買い物に時間がかかる理由は他にもある。お菓子のコーナーで商品をスマホで撮影している若い女性を見かけた。そしてSNSで自宅にいるらしい子供を呼び出し、「どれが欲しい? お母さんが、あなたの好きなのを買ってあげるから」と話しかけている。特売品のコーナーの前で、やはり写真を撮って「今日は洗剤が安いんだって。あなたも来たら?」と誘っている主婦らしい女性もいた。 売り場内で飲食をしている人たちが多いのも特徴だ。Eマートではレジの外ではなく、レジの内側に飲食コーナーがある。テーブルと椅子が並んでいて、買ったばかりのお惣菜をそこで食べることができるのだ。店内を歩きながら食べている人もいる。今日も若い男女が、片手には飲み物の入ったカップを持ち、ホットドッグを頬張りながら買い物をしていた。 販促活動をしているスタッフの数も日本のスーパーに比べて多いと思う。Eマートでは、少ない日でも10か所程度のスタンドが売り場内に設けられ、そこで試食をさせてくれる。お菓子、ハム、インスタントラーメンなど提供されているものは様々だ。我が家の娘が小さい頃、スーパーに行くと、試食だけでお腹がいっぱいになってしまったほどである。 ちょっと気になるのは、買い物をせずにずっとスマホを見ている人だ。私の見るところ男性が多い。今日も、比較的空いていたアイスクリームが入っている冷凍庫の前に、数名の男性が立ってスマホの画面を所在なげに眺めていた。実は私も似たような状況になることがある。それは妻と一緒に買い物に来る時だ。 私の買い物は1時間足らずで終わってしまうが、妻は早くても2時間以上かかる。自分自身の買い物が終わった後、私は食材の入ったカートを押しながら、妻の後ろをついて歩くのだが、ごった返している店内をカートを押して歩くのは気をつかう。そこで妻とは分かれて比較的空いているコーナーに避難し、そこで妻の買い物が終わるのを待つのだ。冷凍庫の前に立ってスマホを見ている男性たちも、私と同じような状況なのではないだろうか。 私が子供の頃、50年近く前の日本のスーパーマーケットは、今のベトナムのそれと共通するものがあったように記憶している。あくまでも私の推測だが、買い物以外の目的で来店する人がいなくなり、かつ、買い物客が1人で来店するようになったら、Eマートは今の3分の1くらいの混雑になるかもしれない。スーパーがレジャーランド化しているこの状態、いつまで続くのだろうか。興味深い。 写真:ゴーヴァップ区のEマート。「開業4周年記念」のセール期間中だったので、普段以上に混雑していた。 (本稿初出:2019年12月09日) コメント(0)
サイゴン路地裏物語 2019/12/02 「禁止」が多い日本社会 「禁止」が多い日本社会 11月20日はベトナムでは「教師の日」だった。私の娘はベトナム生まれ・ベトナム育ちだが、これを経験したことがない。彼女が通っている日本人学校では教師の日を祝わないからだ。小学校1年生のときには、11月に入ると学校側から「教師の日のお祝いはご遠慮ください」という通知が保護者に届けられた。彼女は幼稚園も日系で、日越家庭の子供が半分程度いたが、そこでも同様だった。 ベトナムでは、教師の日に乗じて保護者に対し金品を露骨に要求する教師がいたり、また逆に親が教師にこっそりと現金を贈って我が子の特別扱いを頼む、などの事例があるそうだ。日系の幼稚園や日本人学校が贈り物を禁止するのは、そういう不正を予防するためなのだろう。 教師の日の贈り物について考えていて、日本に一時帰国したときの出来事を思い出した。 自宅の近所に父母がお世話になっている小さな診療所があり、そこの若い青年医師とは私も知り合いだ。定期診断に行く両親と共に来院した際、私はお土産にベトナム産の板チョコを1枚持っていった。軽い気持ちだったのだが、医師は「こういうものは、ちょっと……」と、受け取るのをためらうのだ。 さらに、 「中身は本当にチョコレートだけですよね。中にお札とか入っていたら受け取れませんから」 と確認を求めてきた。確かに板チョコは、お札と同じくらいのサイズである。私は、 「先生、もちろん、中にはびっしりと札束が入っていますから」 と冗談で返すと、先生も笑顔になり「まあ、板チョコ1枚くらいなら大丈夫でしょう」と受け取ってくださった。 患者からの不透明な金品の受け取りには注意をしているのだろう。とは言え、スーパーで買ったチョコレート一枚を渡すのに、気を遣わなければならないのは、「ちょっと息苦しいなあ」と感じてしまった。 不正や不公平を未然に防止するのは日本の良いところの1つだと思うのだが、一方で「一部の不正を防ぐために、全面的に禁止するというのは、果たして正しいのだろうか」という疑問も感じる。 教師の日の例にしても、教師の日という習慣そのものが悪いのではなく、問題なのはそれを悪用する一部の教師や親である。それを取り締まるのが難しいのはよく分かるが、だからと言って教師の日を祝うことそのものを禁止するのは、残念な気がしてしまう。 同様の例は、日本社会のいろんな場面で見ることができる。例えばあるカフェでは、店内でのパソコンの利用を禁止していた。長時間居座る客がいるからだという。ある児童公園では犬の散歩を禁じている。フンを放置する人がいるからだそうだ。確かにこんな風に全面禁止にしてしまえば、一つ一つの事例について判断する手間が省けるから手っ取り早いが、それでいいのだろうか。 私の周囲にいる海外生活が長い人からは「日本社会は息苦しい」という声を聞くことが多い。それはこのように、いろんな場面で「禁止」をたくさん作ってしまったことが、原因の1つになっているのではないだろうか。 写真:教師の日に送られた花。 (本稿初出:2019年12月02日) コメント(0)