サイゴン路地裏物語
投票側から見た総選挙

投票側から見た総選挙
「あんなの茶番ですよ」。マン君は吐き捨てるように、こう言った。5月23日に行われたベトナムの総選挙のことである。5年に1回実施され、国会議員500人などを選出する。投票率は99.6%だったそうだ。
ベトナムの選挙が日本と異なる点は多々ある。日本では選挙前になると、候補者の名前を連呼する選挙カーが走り回り、各所で街頭演説が行われるが、ベトナムではこれに類するものを見たことがない。
そんな中、高い投票率を確保するため、さまざまな取り組みがなされている。大きな通りには、投票を呼び掛ける看板や垂れ幕がずらりと並ぶ。選挙が近づくと、携帯電話には投票を促すメッセージが送られてくる。今回、最初に受け取ったのは確か投票日の10日前で、5日前からは毎日届くようになった。
電話をかけようと番号を押すと、呼び出し音が鳴る前に、投票を呼び掛けるメッセージが聞こえてくる。ベトナム語が分からない外国人の中には「番号を間違えたのだろうか」と電話を切ってしまう人もいたようだ。飲食店を営む知人は「『デリバリーを頼もうと電話をしたのに通じない。コロナの影響で閉店したのか』とメールで連絡をしてくる人がいた。営業妨害ですよ」と苦笑していた。
「選挙当日は朝から電話がかかってくるのです。投票に行けとね」。こう教えてくれたアイン君は、5年ほど前から自宅がある坊(ベトナム語でphường。区の下にある行政単位)で役員をしている。日本でいえば町内会の役員みたいなものだ。そんな彼でも「選挙に興味はない」という。しかし「『投票しない人は非国民だ』と電話で責められるので投票した」そうだ。
フック君は「出来レースの選挙なんて、投票するのは時間の無駄」と、投票当日は朝から遊びに出た。夜になって自宅に戻ると待ち受けていたのは、彼の住む地区の選挙担当者。すぐに投票所に連れて行かれた。
フーンさん夫妻は投票に行かなかった。それが通ってしまったのは「近所の人が投票してくれたから」。代理投票は禁止されているが、現場では横行しているそうだ。「誰に入れたのかって?それは分からないなあ。投票してくれた人にお任せだから」と言う。
候補者の名前、顔写真、略歴は「立候補者名簿」を見れば分かる。しかしこれを読み込んで真剣に検討する人は少ないようだ。近所の人は、「名簿?ゴミ箱に直行だよ。誰が当選しても同じだから」と話していた。
冒頭のマン君に「どうして選挙は茶番なのか?」と尋ねてみた。
「総選挙前に新しい国家主席、首相が決まっているのですよ。選挙を通じて民意を反映させようとする意思があるとしたら、順序が逆でしょう。こんな茶番劇を続けているから、この国はダメなのです」とあきれ顔だった。
40代半ばになるマン君は、一軒家と高級マンションを所有し、自動車も複数台持っている。成功しているベトナム人ビジネスマンの1人であることは間違いない。マン君だけでなく、今回、話を聞いた知人は富裕層といっていい人たちばかりだ。にもかかわらず、選挙のあり方を含め現在の政治体制には批判的だった。
選挙結果が発表されたのは、投票日から2週間以上たった6月10日。投票当日から開票状況が刻一刻と発表され、翌日には結果が確定する日本とは大違いだ。マン君にいわく、「誰も結果に興味はない」のだという。
私の周囲には「政治には何も期待しない。自分の生活は自分で守る」というベトナム人が多い。選挙への冷めた姿勢にも、そんな思いが垣間見えた気がする。
【写真キャプション】
携帯電話に届いた投票を促すメッセージ
(初出:時事速報ベトナム版2021年06月28日/改稿:2021年08月09日)
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