サイゴン路地裏物語
私の命日

私の命日
「あなたの命日は2037年12月20日の日曜日だから」。
おごそかな表情で妻は私に告げた。結婚して間もない頃のことである。妻は私より9歳年下で、女性は男性より長生きすることが多い。「夫が死んだ後、自分は一人で何年くらい生きるのだろうか」と不安を感じ、占い師に相談したそうだ。この占いが当たれば、私は74歳でこの世を去る。
「忘れないように記録しておいて」と妻に促され、その日付をパソコンのカレンダーに登録した。以来約20年、折に触れて、自分の命日を見直している。妻も時折、「あなたが死んでから20年くらいは独り暮らしになるのだから、心構えをしておかないと」と話している。
ベトナムでは、法律で占いを禁止しているらしい。ただし、それは表向きの話だろう。実際には、占いやそれに類するものは社会で大きな存在感を持っている。中でも重要視されているのが風水だ。結婚式など重要な行事の日程を決めるとき、風水師に相談に行く人が多いという。
知り合いの会社で赤字決算が続いた際、ベトナム人の経営陣は緊急の取締役会を開き、対応を協議した。最初に決めたことは、「風水師を招く」だった。風水師の指示に従い、経理部の場所を変更し、会社の幹部全員が集まり祈りをささげた。
社員の日本人の中には、「経営の立て直しが風水頼みだなんて、この会社は危ないかもしれない」と、かえって不安を感じた人もいたようだ。
建築に関しても風水師の発言権は大きい。建築士としてベトナムで長く仕事するオーストラリア人の知人から興味深い話を聞いた。彼が手掛けた物件の一つに、ホーチミン市人民委員会庁舎と市民劇場に挟まれた超一等地に位置する商業施設・ユニオンスクエアがある。開業当時の名称はビンコムセンターA。
開業直後に会った時に、彼から「あのショッピングセンター、歩きにくいと思わないか?」と尋ねられた。「まるで迷路に入り込んだような気になることがある」と答えると、「それには理由があってね…」と、いきさつを説明してくれた。
建物は元々、ホテルとして設計されたという。市民劇場の下には地下鉄1号線の駅が設置される計画で、「地下鉄の駅から傘要らずで、チェックインできる交通の便の良さ」がホテルの売りの一つになるはずだった。建物の枠組みが完成し、内装工事に入った段階になって、風水師からオーナーに「ここにホテルを建設するのは風水的に良くない。ショッピングセンターにしなさい」という指示が入ったそうだ。
「ホテルとショッピングセンターでは動線が全く違う。でも、もう階段や内壁はできているので、大幅な変更はできない。無理矢理ショッピングセンターにしたので、ああいう状態になってしまった」と、彼は嘆いた。
鳴り物入りで開業したものの、閑散とした状態が続き、オーナーは再び、風水師に相談した。その際、地下鉄の話が出たところ、「どうして、それを言わなかったのだ。地下鉄が通るのだったら、風水的にあの場所はホテルに最適だ」という言葉が返ってきたという。
その後、ユニオンスクエアは一時閉鎖され、同じ建物内にマンダリン・オリエンタル・サイゴン・ホテルが開業すると発表されたのは、2018年5月のこと。開業は20年中の予定だったが、工事はまだ続いている。
知り合いの日本人建築家からも同じような話を聞いた。彼は肯定的に考えようとしている。
「風水はベトナムの伝統。これを『ただの迷信』と切り捨てるのではなく、共存することが大切だと思う」。
【写真キャプション】
亡くなってから3日3晩が弔問期間で、都合のいい時間に訪ね、御霊前で手を合わせて帰る。服装はカジュアルでも構わない。
(初出:時事速報ベトナム版2020年12月11日/改稿:2021年09月13日)
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