サイゴン路地裏物語
かつて日本は敵国だった

かつて日本は敵国だった
9月2日はベトナムの建国記念日(国慶節)に当たる。ホー・チ・ミンがハノイのバーディン広場で独立を宣言したのが1945年のこの日だ。ベトナムを植民地支配していたフランスからの独立と理解されているが、当時、ベトナムを実質支配していたのが「大日本帝国」であったことを忘れてはならないだろう。少し歴史を振り返りたい。
第2次世界大戦末期の45年3月9日、日本軍はインドシナ半島に駐留するフランス軍を攻撃・制圧し、半島を支配下に収める。しかし約5カ月後の8月15日、日本は無条件降伏。ホー・チ・ミン率いるベトナム独立同盟(ベトミン)はこれを好機と捉え、独立を目指してベトナム全土で蜂起した。ホーチミン市で通りの名前にもなっている8月革命(カクマンタンタム)だ。
ホー・チ・ミンは8月19日、ハノイのオペラハウス前の広場に集まった数千人の市民に、独立運動への参加を呼び掛けた。これを記念し、「8月革命記念日」が定められた。オペラハウスの正面には、集会が行われたことを記すプレートが埋め込まれている。ホー・チ・ミンが独立を宣言した9月2日は、日本がポツダム宣言に調印した日だった。事ほどさように、ベトナムの独立と日本の関連は深い。
親しくなった年配のベトナム人に、過去の両国関係を尋ねたことがある。特に気になったのは44年から45年にかけてベトナム北部で発生し、40万人から200万人とも言われる餓死者を出したとされる飢饉(ききん)だ。当時、進駐していた日本軍による食料調達が、死者数を増やした理由の一つだと言われる。
「もちろん知っているよ。ベトナムの歴史の教科書に出てくるからね」。
彼は笑顔でこう答えた。
「日本人の一人として、あなたの国に申し訳ないことをしたと感じている」と、私はわびたが、「日本軍が進駐したのも、大量の餓死者が出たのも歴史上の不幸な出来事の一つで、どこの国にも起こりうる」ときっぱり。
「日本に何ら悪い感情は持っていない。過去は過去だからね」と語り、勇猛果敢な日本軍の兵士は、敵ながらベトナム人から一目置かれる存在だったと話してくれた。
今でこそ日越関係は非常に良好だが、近現代史において、日本はベトナムにかなり冷淡な態度を取った。20世紀初頭に日本を頼ってきたファン・ボイ・チャウを冷遇したことに加え、フランス進駐時代の出来事、ベトナム戦争時には米軍が沖縄の基地をベースに出撃した。こういう背景にも関わらずベトナムが世界有数の親日国であり続けるのは、この国の人達の寛容さと未来志向によるところが大きいのではないかと感じる。
日本は76回目の終戦記念日、ベトナムは76年目の建国記念日を迎えようとしている。こうしたタイミングで、両国の歴史に少し思いをはせてみてはいかがだろうか。
【写真キャプション】
ハノイのオペラハウスにある8月19日の集会を記念するプレート
(初出:時事速報ベトナム版2020年09月03日/改稿:2021年08月16日)
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