サイゴン路地裏物語
日本にマスクを寄贈する青年実業家

日本にマスクを寄贈する青年実業家
2021年7月現在、コロナウイルス感染拡大に苦戦しているベトナム。しかし第1波が発生した2020年4月には、いち早く新型コロナウイルスを封じ込め、日本など諸外国にマスクを寄贈していたのは、ご記憶の方も多いだろう。
日本関連では、4月16日にベトナム政府が日本政府に医療用マスク5万枚を寄贈したのを皮切りに、5月にはベトナム政府からさらに14万枚、ベトナム公安省は日本の警察庁に1万枚、ベトナム国会議長は日本の衆参両院議長あてに合計2万枚、と言った具合だ。
日本へのマスクの寄贈は、実はベトナムの民間企業も行っている。ホーチミンで農産物の加工・販売会社を経営する青年実業家グエン・キエンさんもその1人。「ベトナムでもマスクが不足し、値段が上がったり、低品質ものが出回ったりした時期があった。自社の社員や提携先の農家にマスクを配ろうと思ったのがきっかけだった」と振り返る。
ビンズオン省の工場に空きスペースを見つけ、マスクを製造する機械を購入して設置した。思い付いてから生産開始までわずか1週間という早業だった。「マスクを作ったことはないが、食品加工で培った衛生管理のノウハウが役に立った。ベトナム政府の海外輸出基準を満たしたマスクを作ることができ、米国の認証も取得した」と語る。
4月には社員、取引先の農家ら関係者約2000人に12万5000枚のマスクを無料で配布した。次に浮かんだのが日本だった。
キエンさんは大学で日本語を学んだこともあり、日本に親近感を抱いている。「日本で働くベトナム人技能実習生らもマスクが入手できずに困っている」という話も耳に入ってきた。しかし、彼自身には実習生にツテがない。大学の先輩で人材送り出し機関で働くレ・ビン・フンさんに相談し、彼の会社の協力で5000枚を日本にいるベトナム人実習生に届けた。
キエンさんは、「日本ではまだコロナの感染者が出続けており、マスクの需要はあるだろう。さらに6万枚のマスクを用意した」と話す。
今度は地方自治体に「マスクは足りていますか。必要ならば、無償で寄贈したい」と持ち掛けた。根室市と兵庫県から「ありがたく受け入れたい」と回答が届き、1万枚ずつを出荷した。「コロナは長丁場になる。第二波、第三波が来る可能性もある。だから今後もマスクの生産は続ける。ベトナム国内では販売もしている」と現状を語る。
政府機関はともかく、どうして民間企業が無償でマスクの寄贈をするのか。しかも製造費だけでなく、日本への運送費まですべて自分の会社で負担である。キエンさんは「私の会社はコロナでのダメージが、他の業界に比べると小さかかったからできた」と笑うが、社員約150名の会社には財政的な負担も大きかったはずだ。
何か下心はないのだろうか。彼の会社を友人のフンさんと一緒に訪ねた際、不躾なのを承知で尋ねたが、「そんな風に勘ぐられるのが嫌で、取引のある企業にはあえて寄贈しなかった」という答えが返ってきた。
マスク寄贈の発表文も一切出していない。会社のウェブサイトには、マスク事業にすら一言も触れていない。キエンさんの活動を知ったのは、フンさんと食事をしたときにたまたま彼の話が出たからである。
「美談には裏話がつきものだ」と言われる。この話を「一種の売名行為」と受け取る方がいるかもしれない。ただ、売名目的でも、身銭を切って海外までマスクを贈るのはなかなかできることではない。そんなベトナム人がいることを、ぜひ心にとどめてもらいたい。
【写真キャプション】
カフェに置かれた無料のマスク。この店では利用者のために、2020年2月以降、4か月以上もマスクの提供を続けている。
(初出:時事速報ベトナム版2020年07月13日/改稿:2021年07月26日)
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