サイゴン路地裏物語
優先席がない国

優先席がない国
先日、ベトナムに遊びに来てくれた友人夫妻と、路線バスに乗ったときのことだ。車内には空席が見当たらない。しかし、3人の若者がすぐに立ち上がり「どうぞ」と席を譲ってくれた。われわれは50代半ば。日本でなら席を譲られる年齢ではないし、私自身「それほど歳をとっていない」という自負はあるが、素直に好意に甘えることにした。
私は普段バイクに乗っているから、路線バスに乗る機会は少ない。しかしその経験の範囲内では、若者が座って、年配の人間が立っているという情景を一度も見た記憶がない。これは、ベトナムのしつけが関係しているのだろうと私は推測している。
例えば毎日の食事の場では、子供は、食べ始める前に「お父さん、いただきます」(Thua Ba an com)「お母さん、いただきます」(Thua Ma an com)と両親にあいさつをするようにしつけられる。Baは父親、Maは母親の意味だ。
祖父母が同席している場合、あいさつをする相手は年齢順なので、まず「おじいさん、いただきます」「おばあさん、いただきます」。その後で両親となる。これは肉親に限らない。例えば両親の友人が一緒に食卓を囲む場合も同じで、必ず目上の人に挨拶をする。
この表現は、私が暮らしているベトナム南部での言い方だ。ハノイなどベトナム北部では「Moi Bo dung com」など、使う単語が少し変わるが、意味は同じである。ちなみに料理にはしをつけるのも年齢順だ。
近年、ベトナムでも「目上の人に敬意を払う」というしつけは徐々に緩くなってきているが、それでも日本に比べると年上の権威は強い。
年配者の方も、席を譲られることに慣れている。せっかく勇気を持って立ち上がったのに「私はそれほど年寄りじゃない!」と怒り出す人がいると、ためらってしまう。しかしベトナムで席を譲られた側は、素直に「ありがとう」と言って座る。
日本の公共交通機関には優先席が設けられているが、その運用に関して議論が尽きないのは、皆さまもよくご存知の通りだ。お年寄りが目の前に立っても、たぬき寝入りを決め込み席を譲らない若者。一方、そういう若者を無理矢理立たせる年配者。逆に席を譲られて怒り出す人もいる。一見、健常者に見える若者が、実は障害者だったのに立たされてしまった、という例もある。
優先席が設けられているのは、もちろん日本だけではない。そして多かれ少なかれ、その運用には苦労をしているようだ。例えばニューヨークでは、障害者、高齢者に席を譲らないと25〜50ドルの罰金が科されることがあるという。インドネシアのジャカルタでは、男性スタッフが随時車内を巡回し、立っている優先対象者がいると乗客の膝をたたき、席を替わるよう促すそうだ。
一方、ベトナムでは、私は優先席を見たことがない。ベトナムに通い始めた当初、私は「ベトナムにはまだ優先席というシステムがないのか。遅れているんだな」と思っていた。しかし、優先席を作るまでもなく、年長者に席を譲るベトナムのほうが、むしろあるべき姿なのではないだろうか。知り合いのベトナム人数人に話を聞いたところ、「優先席を設けているバスを見たことがある」という人がいたが、一般的ではないようだ。
「優先席」という仕組みが機能するかどうかは、そこに「敬老の精神」が根付いているかどうかにかかっている。優先席を巡る問題を考える際、われわれ日本人は、ベトナムにおける「しつけ」から学べることがあるのではないだろうか。
写真:ホーチミンシティを走る路線バスの車内。
(初出:時事速報ベトナム版2019年03月15日/改稿:2020年09月21日)
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