サイゴン路地裏物語
遊び心があるパスワード

遊び心があるパスワード
「金曜日の夜はお暇ですか?」
私の目をのぞきこみながら尋ねてきたのは、あるカフェのスタッフの女の子だ。予想もしていなかった質問に一瞬言葉に詰まっていると、彼女がニッコリ笑ってこう言った。
「お客さん、Wi-Fiのパスワードがお知りになりたいんでしょ。パスワードは『are you free Friday night』です」
スタッフのほうは、思わせぶりにパスワードを告げて、客がどういう反応をするのか、楽しんでいるのだろう。印象に残るパスワードなので、この話をすると「ああ、あの店に行ったんですね」と分かるくらい有名だった。同じ店では「you are so hot!」がパスワードだった時期もある。残念ながら既に閉店してしまったが。
カフェに入って最初にやることが、Wi-Fiのパスワードを尋ねることだ。多くの店では「12345678」「88888888」といった数字の羅列や、その店の住所もしくは電話番号などを使っているから、分かりやすい。しかし、遊び心のあるパスワードを使っている店がある。私が知っているものを少し紹介しよう。
「khong co Wifi」というパスワード。意味は「Wi-Fiはありません」である。「そうか、Wi-Fiはないんだ」と諦めようとしたら、店員さんが「あ、それがWi-Fiのパスワードですから」と言い添えてくれた。
こういう「ビックリさせる系」のパスワードはいろんなバリエーションがある。例えば「em khong biet」=「知りません」。これに似たものでは「password la gi」。意味は「パスワードは何ですか?」だ。店員さんに「パスワードは何ですか?」と尋ねて「パスワードは何ですか?」と逆に質問されると、一瞬、戸惑う。「Wifi hu roi」=「Wi-Fiは壊れました」というパスワードにもいたずら心が感じられる。
「ムッとさせる系」のパスワードとしては「why don't you use 3g?」がある。これは「(Wi-Fiではなく)3Gを使ったらいかがですか?」の意味だから、スタッフの言い方によってはムッとするだろう。私の知り合いがあるところで、Wi-Fiのパスワードを尋ねたら「hoi lam gi」=「何のために聞くの?」で、これにもやはりイラッとしたそうだ。
「ほのぼの系」のパスワードもある。私がよく行くカフェの1つのパスワードは「thank you」だ。パスワードが「I love Vietnam」という店もあった。「I love you」というパスワードもある。店員と客が共に若い男女なら照れてしまうかもしれない。
歴史上の人物名をパスワードに設定しているカフェもあった。しかもほぼ毎日変わるのだ。カフェに行くたびに新しいパスワードを要求されるのは面倒なものだが、ここの店に関しては別。「今日は誰だろう」と楽しみで、知らない人物名がパスワードになっていると、「何をした人だろう」と調べるので、ベトナムの歴史の勉強になった。
ベトナム建国の父と言われるホーチミン氏もパスワードに登場している。ただそのままだと畏れ多いと思ったのか、「Ho Chi Minh」ではなく「Nguyen Ai Quoc」という彼が使った別名の1つだった。
これ以外にもユニークなパスワードはたくさんあるだろう。私はカフェでいろんなパスワードに出会うたびに、ベトナムの人たちの遊び心にふれるような気がする。Wi-Fiパスワードを尋ねて「Wi-Fiはありません」と回答されて「不真面目だ」などと怒り出す客は皆無なのだろう。こういう心の余裕を持っているのが、ベトナムのいいところの1つだと私は思う。
私がこれまで出会ったパスワードの中で、いちばん気に入っているのは次のものだ。「noichuyenvoinhauvuihon」である。単語の間にスペースを入れると「noi chuyen voi nhau vui hon」となり、「一緒におしゃべりすればもっと楽しくなる」みたいな意味だろうか。私はこれを入力しながら「パソコンに向かって仕事ばかりせずに、うちのカフェでは友だちと一緒におしゃべりを楽しんでくださいな」と言われたような気がした。
写真:Wi-Fiをオンにすると、この程度の数の接続ポイントが出てくることは珍しくない。鍵のマークがついているものはパスワードが必要。
(本稿初出:2019年11月04日)
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