サイゴン路地裏物語
同じ「中秋の名月」でも迎え方は異なる

同じ「中秋の名月」でも迎え方は異なる
今年も中秋節が近づいてきた。日本で言うところの中秋の名月である。ベトナムでは、正月に次ぐ大きな年中行事といえるだろう。ベトナムと日本では、共通する伝統行事が多々あるが、その中身は異なるものが少なくない。これもその1つである。
ベトナムにおいて伝統的な行事は旧暦に従っており、中秋節も同様だ。2019年の旧暦8月15日は、新暦の9月13日。今、ホーチミンシティでは、中秋節に欠かせない「月餅」を売るスタンドが、街中のあちこちに立ち並んでいる。
中秋節を迎える準備は、旧暦の7月に入る頃から始まると言えるだろう。この月をベトナムでは「幽霊の月」や「鬼月」と呼び、霊を供養する月になっている。仏教行事の1つであり、ベトナムに限らず広く行われている風習だそうだ。
幽霊の月は、旧暦の7月1日(2019年は新暦8月1日)午前0時に「鬼門」と呼ばれる「あの世」の扉が開き、無縁仏の霊がこの世に戻って来ることで始まる。山場となるのが13日から16日までのVu Lan Bonだ。漢字で書くと「盂蘭盆」。日本のお盆である。
7月末日に霊たちがあの世に戻り、「鬼門」が閉まって幽霊の月が終わる。敬虔な仏教徒だと、この1か月間は菜食を通す人もいるそうだ。2019年は旧暦の7月が29日までしかないので、新暦の8月29日に幽霊の月が終わる。
幽霊の月の間、結婚式や、お店の新規開店などお祝いごとは避ける傾向が強い。披露宴会場としてよく使われるホテルの催事場は、「旧暦の7月はガラガラで商売にならない」とホテル関係者がぼやいていた。
幽霊の月に入る頃から、街中では月餅を売るスタンドが立ち始める。ベトナムでは中秋節の前に、月餅を贈り合う習慣があるのだ。日本のお中元と似たような位置づけにある。
「月餅商戦」は年によって状況が異なり、2019年は中秋節まで2か月もある7月半ばから、月餅の販売が始まった。幽霊の月が終わると、月餅の売り尽くし合戦が繰り広げられる。
「1個買ったら1個おまけ」に始まり、中秋節が近づくにつれ、おまけの数が増えていく。中秋節前日くらいになると、「1個買ったら5個おまけ」など大盤振る舞いをする。中秋節までに売り切る必要があるから必死だ。
ベトナムの中秋節の特徴の一つは、子供のための祭りになっていることだ。春から夏にかけて農作業で忙しかった親たちが、その埋め合わせを、この中秋節にするのだと言われている。子供たちは親からプレゼントをもらう。
中秋節の夜になると、我が家がある下町では、親に買ってもらった提灯を手にした子供たちが、薄暗い路地を練り歩く。これは中秋の夜ならではの風情あふれる情景だ。
ベトナムで暮らす限り、この地の伝統や習慣を知っておきたいものだと思う。日本との違いを知るのは面白いし、ベトナムの文化に興味を示すことで、ベトナム社会との距離はぐんと縮まるのだから。
(初出:読売新聞・国際版 2017年10月6日/改稿:2019年8月19日)
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