サイゴン路地裏物語
カフェで長居をする客

カフェで長居をする客
私は事務所を持たず、カフェを転々としながら仕事をしている。店の人が嫌がるとされる「安い飲み物を頼んで長時間居座る客」の典型だ。
先日もある店で、いちばん安いコーヒーを頼んだだけで仕事をしていた。かれこれ4時間ほどたった頃だろうか。お茶を注ぎに来てくれた若い女性の店員さんが、立ち去り際、グラスの横に小さなメモを置いていったのが目に止まった。
「しまった、そろそろ出て行け、という警告かな」
慌てて読むと、こう書いてあった。
「あなたは本当に一所懸命に仕事をされていますね。すごいなと思います。頑張ってくださいね」
ベトナムのカフェは、総じて長時間の利用客に寛大である。つまり客の回転率は低い。その反面、常連率が高いように思う。この店もそうで、これまでに何度か利用した際にも、見た顔のお客さんがいつも何人かいて、店員さんと親しそうに話をしていた。
店員さんと顔なじみになると、こちらの好みを覚えていてくれるので便利だ。何度か訪ねたカフェでは、私がアイスコーヒーを頼むと砂糖抜きで出してくれる。ちなみにベトナムで単に「アイスコーヒー」と頼むと、砂糖のたっぷり入ったものが出てくるのが一般的だ。
ある店では先輩スタッフが新人に「このお客さんは砂糖抜きだから」と引き継ぎまでしてくれていた。「お客様の好みを覚えておくのは、私たちの仕事ですから」という。
常連になると融通を利かせてくれることもある。あるときカフェで机に書類をいっぱい広げて仕事をしていたところ、近くの会社から「至急で書類を届けて欲しい」という連絡をもらった。届け物をした後も、その店で作業を続けたかったので、顔なじみのウェイターさんに、「15分くらい外出する間、パソコンと荷物を置いておきたいんだけど、いいですか?」と頼んでみた。すると彼はニッコリ笑って、「大丈夫ですよ。しっかり見張っておきます」。
こういう嬉しい対応をしてくれるので、私はますます「長居をする常連客」になってしまう。
日本では利用時間に制限を設けているカフェがある。回転率を上げ、売り上げを伸ばすためには必要なことなのだろう。一方、ベトナムのカフェは回転率にはまるで頓着していないように見える。「いろんな人が入れ替わり立ち替わり訪れるより、顔なじみの客が足しげく通ってくれるほうがいい」と考えているかのようだ。
私はそんなカフェ文化が今後も続くことを願っている。
(初出:読売新聞・国際版 2018年6月15日/改稿:2019年4月16日)
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