サイゴン路地裏物語
子育てに優しい社会

子育てに優しい社会
ホーチミン市の中央郵便局に行ったときのことだ。私が自分の順番を待っていると、カウンターの中で作業をしていた若い女性局員の顔が、一気に明るくなった。誰かから電話が入ったらしい。
彼女は、自分の前にスマートフォンを立てかけて、
「もしもし。お母さんのことが恋しくなったの?」
と話し始めた。電話の相手はお子さんのようだ。
相手が見えるモードで通話をしているのだろう、「ほら見える? お母さんは、仕事中なのよ。おばあちゃんの言うことをきいて良い子にしているのよ」などと話しかけている。
「この子、モデルができそうだな」と思ったほどの華のある容姿の彼女が、相好を崩して話をしている様子は、手垢の付いた表現だが、まさに「大輪の花が咲いたよう」という言葉がピッタリだ。優しさあふれる声からも、子どもへの愛情の深さが伝わって来る。
電話をしていたのは1分少々だっただろうか。通話が終わると、彼女はこぼれんばかりの笑顔で、次のお客さんに対応していた。
仕事中の私用電話は、もちろん良くない。しかし「家に残してきた子どもと少し会話するだけで、こんなに幸せそうな笑顔になれるのなら、それもいいのかな」と感じてしまうほど、微笑ましい情景だった。
私が感心したのは、彼女の同僚たちの対応だ。彼女の前に立ったお客さんには、両隣の女性スタッフが「こちらへどうぞ」と手招きをしている。彼女自身、電話をしている間も、手を止めずに作業を続けていたが、同僚も彼女が電話を続けられるように協力していたのだ。
ベトナムでは、子育て中のお母さんへの視線が温かい。あるコンビニでは、まだ小さいお子さんがいる女性店員が勤務する際、レジの隣にベビーベッドを置いていた。
レストランにベビーカーを押して入ってきたお客さんに対し、店員が「食事中は私たちがお子さんの面倒を見ていますから、ゆっくり食事をお楽しみください」と言っている光景を見たこともある。
我が家では子育ては私の担当で、取材や打ち合わせに、娘を連れて行ったことは数え切れない。それでも問題はなく、私が仕事をしている間は、誰かが、喜んで面倒をみてくれる。
日本に比べると、ベトナムは子育てをしやすい雰囲気だなあと感じることは多い。出生率をあげるために、いろんな制度を作るのはいいことだし大切だとは思う。しかし「社会全体が子育てを応援する」雰囲気が、いちばん重要なのではないだろうか。
(初出:読売新聞・国際版 2018年3月16日/改稿:2019年3月25日)
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