サイゴン路地裏物語
若者の国で進む高齢化

若者の国で進む高齢化
屋台で麺類を売っているベーさんとの付き合いは、もう10年ほどになるだろうか。彼女はベトナム中部の都市・フエ出身で、御年72歳。家族はいないという。
彼女のように、一人暮らしをするお年寄りを見かけることが、近年、増えてきた気がする。それは統計的にも裏付けられていて、平均年齢が若く、豊富な若年労働力が注目されているベトナムだが、一方で、少子高齢化が進んでいるのだ。
WHOでは、65歳以上の高齢者が7%を超えた社会を「高齢化社会」、14%を超えた社会を「高齢社会」、21%を超えた社会を「超高齢社会」と定義している。ベトナムは2015年には既に高齢化社会に突入しており、18年後には高齢社会になると予測されているのだ。
高齢化社会から高齢社会に達するまでの期間は、フランスが126年、スウェーデンが85年。それに比べ、日本は24年しかなく「世界的に類をみない速度で高齢化が進んだ」と言われるが、ベトナムはそれよりも早いのである。
ベトナムは、さらに深刻な問題がある。日本が高齢社会になったのは1994年で、国は豊かになっていた。それに対し、ベトナムは国が豊かになる前に高齢社会を迎えることになるだろうという点だ。
ベトナム政府も危機感を持っており、近年、高齢者対策にやっきになっているが、まだまだというのが実情だ。一例として年金制度をみてみよう。
20年間以上社会保険料を支払った60歳以上の男性と55歳以上の女性は、原則として年金を受け取ることができる。金額は受給者によって異なるが、総じて少ないようだ。年金を受け取っている知人に金額を聞いてみると「1か月40万ドン」だという。家族で1回外食すれば消えてしまう額である。
このように貧弱な高齢者対策をおぎなってくれそうなのが、ベトナムの人間関係の濃さだ。
例えばベトナムでは目上の人を大切にする習慣が強い。70歳を過ぎてからベトナムに移住してきた日本人が、このようなことを言っていた。「日本にいたときのほうが、孤独で不安だった。ベトナムだと、近所の若者たちが毎朝、入れ代わり立ち代わり『おじいちゃん、おはよう。元気ですか』と訪ねてきてくれる」
べーさんの場合も、周りの人たちが、何かと気にかけている。彼女が数日、姿を見せないことがあった。年が年だけに心配していると、ベーさんの屋台の近くで営業をしている人たちが、「彼女は用事があってフエに帰っているよ。来週には戻ってくるはず」と教えてくれた。
私の隣で麺類をすすっていた男性は、「ベーさんが元気かどうか気になるんでね、近所を通る用事があると、ここで食事をするんだよ」と言っていた。
子供と同居している高齢者が多いのもベトナムのいいところだろう。いくつかの統計データが発表されているが、高齢者の70%程度は同居しているようだ。『平成29年(2017年)版高齢社会白書』(内閣府)によると日本は39%なので、ベトナムのほうが同居率はかなり高い。
ベトナムが高齢社会になると予想される2033年までに、高齢者が安心して暮らせる環境が整うとは考えにくい。しかし濃密な家族関係や、おせっかいな下町の人たちの存在が、制度面の不備を補ってくれるのではないか。私はそこに期待をしている。
(初出:読売新聞・国際版 2017年9月22日。写真は初出時のものです/改稿:2019年2月18日)
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