サイゴン路地裏物語
バイクタクシーと配車アプリ
バイクタクシーと配車アプリ
久しぶりにバイクタクシーに乗った。ベトナム語ではセオムという。セは「車両」を意味する言葉で、オムは「抱く」という意味。バイクの後部座席に乗って後ろから運転手に抱きつく格好になるので、こう呼ばれている。
以前は、セオムを探して炎天下を歩き、見つけたら値段交渉するという手間があったが、今は配車アプリがあるから楽だ。涼しいカフェでスマホを使って近くにいるセオムを探し、店の前まで来てもらう。料金はアプリに提示されるから、値段交渉の必要もない。
配車アプリを使い始めて驚いたのは、値段の安さだ。値下げ交渉をして苦労の末に獲得した「最安値」と同等、もしくはそれより安い金額を、配車アプリは提示してくる。
今日も「普通のバイタクだったら、交渉しても4万ドンよりは下がらないだろうな」という目的地まで、配車アプリに表示された運転手の最安値は3万ドンだった。
バイクの後部座席で便利さを実感しながら、私は、昔、仲良くなったセオムのオヤジから聞いた話を思い出していた。その時の気分で決まっているように見える値段にも、法則性があるというのだ。
「同じ距離でも、空身の客と、大きな荷物を持っている客だったら、後者のほうが高くなる。重たい荷物を運ぶのは大変だからね」
「昼と夜なら、当然、夜のほうが高い」
「晴れの日と雨の日なら、雨の日のほうが高い」
「周辺部から中心部へ行くのと、その逆なら、前者のほうが安い。中心部に出たら、そこでお客を拾える可能性が高いからね」
そして最後にこう言ってオヤジはニヤリと笑った。
「それから、アオザイを来た可愛い女の子を乗せる時は、もちろん安くなる」
こんな経験をしたこともある。セオムで移動中、私は運転手のオジサンにカタコトのベトナム語でいろいろ話しかける。その日も、いろいろ質問をしていた。
「オジサン、ご飯は食べたの?」「子供は何人?」「へえ、オジサン、若そうに見えるのに、もう社会人と大学生の子供がいるんだ」などなど。
目的地に着いてお金を払おうとしたら、
「お前は外国人なのにベトナム語をしゃべるし、ベトナム人の奥さんもいて、ベトナムで働いている。良い奴だからお金は要らない」
と受け取ってくれなかったのである。
配車アプリの便利さに慣れてしまった今、それ以前の状態に戻ることは考えられない。しかし私は、アオザイを来た可愛い女の子なら安くなり、外国人がベトナム語で話しかければ割り引いてもらえる、そんな時代が少し懐かしい。
(初出:読売新聞・国際版 2017年7月14日/改稿:2019年1月21日)
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