サイゴン路地裏物語
私の国に来てくださってありがとう
私の国に来てくださってありがとう
その日、私が立ち寄ったカフェはセルフサービススタイルの店だった。レジでお金を払うと、私が「電子番号札」と呼んでいる小さな機器を渡される。注文した品の用意ができると、それが光を点滅させながら音を出すので、カウンターに受け取りに行くという仕組みだ。
コーヒーを注文した私は、「お店は空いているし、すぐ出てくるだろう」と、席には着かず、受け取りカウンターの前に立って待っていた。
すると若い女性の店員さんが話しかけてきた。
「お客さんは、どこの国の人ですか?」
「結婚していますか?」
「お子さんは何人? 男の子、それとも女の子? 何歳ですか?」
など、どれも初対面のベトナム人から必ず聞かれる、ありふれた質問である。
「いつからベトナムに住んでいますか?」
と問われて、2002年からだと答えると、
「長いですねえ!」
と彼女は驚いている。
立ち話をしているうちに、注文したコーヒーが出てきた。すると彼女が、
「記念に握手をしてもらえませんか?」
と手を差し出してくるではないか。
照れながら右手を出すと、彼女は両手で私の手を握りながら言った。
「私の国に来てくださってありがとう」
外国人が自分の国を気に入って長く住んでくれれば、確かに誰でも嬉しい。しかしベトナム人の場合は、それだけではないと思う。彼らは自分たちが経済的弱小国であることを知っている。それだけに、先進国と言われる国の人がベトナムに長く住んでいると、非常に喜ぶ。その外国人が少しでもベトナム語を話すと、なおさらである。
さらにベトナムは世界に冠たる親日国だ。私は日本人というだけで、ベトナムでは相当得をしている。この日のようにお礼を言われたり、握手を求められたりすることも、月に1〜2回はあるだろう。
私は長くベトナムに住んでいるが、感謝されるようなことは何もしていない。むしろ、私のほうが「住まわせてくれてありがとう」とベトナムにお礼を言わなければならない立場だ。
そんなベトナムの人たちに対し、私は「日本のことを好きでいてくれてありがとう」「日本に来てくれてありがとう」という気持ちを持って接しているだろうか。
「ベトナムは人件費が安いから助かる」「ベトナム人は、もっと日本に旅行に来てお金を落として欲しい」など、日本側の利益ばかり考えていないだろうか。自分はベトナムが親日であることを、当然のように受け止めていないだろうか。思わずそんな自問自答をしてしまった。
(初出:読売新聞・国際版 2017年6月30日/改稿:2019年1月14日)
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