サイゴン路地裏物語
徒歩10分圏内で完結する生活
徒歩10分圏内で完結する生活
私の義母・ハンさんにとって、徒歩10分圏内の路地裏が「全世界」である。
彼女はバイクの運転ができないが、それでも不自由することはない。日常生活に必要なものは、すべて徒歩圏内にあるからだ。
食材は、毎朝近くの路地に立つ青空市場で購入する。ホームドクター代わりの薬局は、家の向かいにあるし、美容院だって歩いて行ける。路地の外に出る必要がないのだ。
市内中心部に髙島屋ができて話題になっていることは、知識としては知っているが、別世界のできごとに等しい。彼女にとって「市内中心部に出る」のは、私が「ハノイに出張する」のと同じくらいの感覚なのだろう。
田舎に行くと「家の近所」と「外の世界」の格差はもっと広がる。
10年あまり前のこと、ベトナム中部の街・フエ近郊にある村を取材した。ベトナムの伝統的な編み笠である「ノンラー」を作っている人ばかりが住む集落があると聞いて、話を聞きに行ったのだ。
子どもの頃から編み笠作りをしてきた老女への取材が一段落すると、彼女が質問してきた。
「若い人、あなたはどこから来なすった?」
「日本の大阪です」
「その大阪というのは、サイゴン(ホーチミン市の旧名)よりも遠いのかい?」
私は最初、聞き間違いかと思った。しかし通訳に確認してみたところ、
「このおばあさんは、日本とサイゴンとどちらが遠いのか、本当にご存じないそうです」という。
彼女がこの「ノンラーの郷」を出るのは年に1回。テトと呼ばれるベトナム正月の準備をするためにフエの中心部に買い物にいくときだけだという。
彼女の住んでいるのは、フエの中心部からバイクで1時間足らずである。そんなフエですら年に1回なのだ。彼女の生活は、その小さな集落の中で完結していた。
そういう徒歩圏で完結する生活スタイルにも、少しずつ変化が見られる。
ホーチミン市をはじめ大都市では、近年、大型の駐車場を備えたショッピングセンターが増えている。そこには子供を連れた若い夫婦が、マイカーでやって来ては、大量の買い物をして帰っていく。毎日、近所の市場で買うのではなく、週末に買いだめする人が増えているそうだ。
その情景は、40年ほど前の日本、私の子ども時代を思い出させる。週末、両親とともに、最寄り駅の前にできた大型スーパーに行くと、そこの駐車場は、入場するのに10分、20分待たねばならないほどの混雑ぶりだった。一方、近所にあった八百屋や雑貨屋は姿を消していった。
私の両親が暮らす日本の実家は住宅街の中にある。近所に商店はなく、最寄りのスーパーは約1.5キロ先だ。今は両親揃って車の運転ができるからいいが、安全に運転できなくなったとき、どうなるのだろう。
そうして日本とベトナムを比較すると、徒歩10分圏内で生活が完結するホーチミン市の路地裏は、意外と便利で合理的なのだ。自分自身が老後をどこで過ごすかと考えると、私は路地裏生活を選びそうな気がする。
(初出:読売新聞・国際版 2017年5月19日/改稿:2018年12月3日)
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